~むずかしいから おもしろい~
岡﨑ぶどう園 口和町永田 岡﨑哲朗さん
#口和が好き 006 2023年8月20日
みなさん、ブドウはお好きですか。ぼくは大好きです。弾力のある皮。あふれ出る果汁の甘味。ひろがる香り。口に入れることを想像すると、テーブルに並んでいるだけで笑顔になってしまいます。大切な人への贈り物や、自分と家族へのご褒美に選ばれるのも当然のことでしょう。
こんにちは、地域マネージャーの松本です。今回は永田でブドウづくりをされている岡﨑哲朗さんにお話を伺ってきました。
岡﨑さんのブドウ栽培は、ハウスの建設が2003年に始まり、最初の木を植えたのが2004年なので、もうすぐ20年になります。始まりは、稲作だけではなくもっと付加価値が高いものも作ろうと考えたのがきっかけで、稲作と並行してブドウづくりがはじまりました。 当時、三次でピオーネの生産は盛んになっていましたが、近所ではブドウどころか果樹を本格的に生産しているところもなく、当初3年間は定期的に県の果樹試験場から指導員の方が来て、その土地に適した栽培方法などのアドバイスをもらいました。
岡﨑さんのブドウは、約2反の土地に建つ5棟のハウスで生産されています。このハウスが建っている土地はもともと田んぼだったところで、まさに稲作からの転換でした。ただ、田んぼの土にそのままブドウを植えてもうまくいきません。 そもそもブドウは、日当たりと水はけの良い土地を好むので、南向きの斜面のようなところでよく栽培されています。ところが、日当たりはともかく水はけという意味では田んぼは全く不向きです。そこで、果樹試験場から勧められたのが「鉢植え」による栽培です。鉢といっても陶器の植木鉢ではなく、盛り土の周囲と下面を囲い、その盛り土のなかだけに根を張るようにする栽培方法です。(写真参照)
あともうひとつ、田んぼがブドウ栽培に不向きなことがあります。それは栄養が多いことです。農作物を育てるうえで栄養は重要ですが、ブドウは栄養が多すぎてもダメなのです。私たちが食べるブドウは果実の部分ですが、あれはブドウにとっては子孫にあたります。栄養が多いとブドウ自身が「子孫を残すより自分自身を大きくする」ことを優先してしまい、良い実を付けなくなるんだそうです。
よく考えれば、植物や動物がその場面ごとで最も適した選択をする、というのは当然のことなのかもしれませんが、一見なんにも考えてなさそうに見えるブドウが、実はちゃんと意図をもって生きているという具体的な事例を目の当たりにすると、やっぱり驚きです。岡﨑さんからはこのような興味深いお話が次々と出てくるので、興奮が止まりません。
ブドウの栽培は、1本の幹が土から立ち上がり人の背ぐらいの高さから左右に枝を這わせて、その枝からほぼ等間隔に生えるさらに細い枝に付く実を収穫します。かたちとしてはアルファベットの「T」の左右の棒が長くなったような感じです。 ブドウとしてはまず自分が大きくなることが重要なので、左右の枝の先端に養分を集めたいのです。その気持ちはわかりますが、そうすると根元に近いほうの部分には養分が行きにくくなり実も小さくなってしまいます。なので、先端の細い枝の勢いを減らすように剪定するなどして、全体のバランスを見て養分がなるべく均等にいくようにします。これがもう、ブドウの顔色を窺いブドウと対話しながらの、絶妙なさじ加減が必要な世界なのです。
それから、鉢植えなので、当然ブドウは根を張ることができる範囲が限られてきます。そうすると、なんということでしょう!ブドウは自分自身に限界を感じて、次世代に託すことに集中して良い実をつくるのです。ところが、実を付けすぎると翌年の収量が落ちてしまうので、子づくりにばかり集中されてもダメなのです。ここでも、絶妙のバランスが求められます。
また、ぼくはブドウにあげているのは当然水路の水だろうと勝手に想像していたのですが、なんと上水道のお水をあげているのでした。その理由は栄養分。水路の水だと栄養が多すぎるのだそうです。
さらに、水やりの方法です。ブドウは水はけがよい環境を好むので、鉢植えも荒めの土で水はけをよくしてあります。しかし、難しいのは水が少なすぎてもダメなのです。本当にストライクゾーンが狭いです。その日ごとに天候、気温、湿度が異なるので、水やりのタイミングや必要量も当然異なります。
特に、鉢植えの場合は水を貯える量が少ないため、こまめな水の管理がとても重要です。ただし、これを手作業でやろうとすると、まるで一日中水やりをしているようになります。
そのため、岡﨑さんのブドウ園では土にセンサーが埋めてあり、土中の水分量を常に把握して、一定以上低くなると水やりが自動で始まり、センサーの値が適量になると水が止まる仕組みになっています。
ブドウに関する興味深い知識を次から次へと聴かせてもらって、つい時間を忘れてしまうほどでした。
そしてもうひとつ。これはブドウの特徴というよりは、岡﨑さん独自の方法としてとても興味深いものがあります。ご存知のように岡﨑さんのブドウ園はハウスになっています。しかし、これは燃料で温めて早期に出荷するためのものではありません。もちろん、温室としての効果もありますが、これは減農薬のためにブドウ栽培をはじめる当初から計画的に作られたものなのです。
一般的に、ブドウには実がなると病害虫から守るために袋を掛けます。そして、それは農薬が実に掛からないためのものでもあるのです。ところが、岡﨑さんのブドウ園ではハウスに目の細かいネットが張ってあり、これで虫の侵入を防いでいます。そのため、ブドウの実がなりはじめてからは、病害虫の心配も少なく農薬を使うこともありません。日焼けを防ぐために、薄い色のブドウに簡単な傘をつけるだけです。
「水で簡単に洗うくらいで直接口にするものなので、なるべく安心できるものをつくりたい」という岡﨑さんの狙いがあのハウスには現れているのです。 実際、袋掛けをしていないブドウ園はほとんどなく、岡﨑さんご自身も見たことがないそうです。
ただし、いまのようになるまでの道のりは簡単ではなく、虫を一匹ずつ手で取ったことや、病気にやられたブドウを何度も何度も捨てに行ったこともあるそうで、いまのスタイルを確立するまでに10年掛かったそうです。
もちろん、これだけではない数々の失敗や苦労があったことと思います。近所には相談できる人もおらず、ブドウが病気になってもその原因がわからないから対処法もわからない。岡﨑さんは「経験も大事だがまずは知識が重要だ」と仰います。知ったうえでの経験となにも知らないでの経験では、その中身が大きく異なります。
ブドウの産地ではない口和での挑戦だからこそ、より多くの困難があったと思いますが、そのぶん岡﨑さんのなかには20年分の分厚い知識が蓄積されているのを強く感じました。いまでは、ブドウに出た異常を見ればだいたいの原因はわかるし、栽培方法をみればどんな症状が出やすいかもだいたいわかるそうです。また、現在は県から「指導農業士」に認定され、後進の農家さんに指導やアドバイスもされています。
今回、お話を伺うなかで、岡﨑さんは何度も「難しいけどおもしろい」と仰っていました。課題に直面し、その原因を見つけ出し、解決に導く。コトバで言うのは簡単です。しかし、実際には課題にちゃんと向き合わず、なんとなく解決したかのように体裁だけを整えてごまかすこと、意外とありますよね。しかし、相手がブドウの場合はちゃんと解決しなければ実をつけてくれません。枯れちゃうこともあります。岡﨑さんが、この解決のプロセスを「おもしろい」と思える人だからこそ、ブドウづくりをこれまでつづけてこられたのだと思います。
でも、そう考えると自分じゃ無理かも、と弱気になってしまいそうですが、そうではありません。周りに誰もいなかった20年前の岡﨑さんとはちがって、いまは岡﨑さんという最高の先生がいるのです。岡﨑さんも、気軽に見に来て欲しいと仰っているので、ブドウに興味がある方は、是非見学してみてください。お話を伺うだけでも、本当におもしろいですから。
現在、岡﨑さんのブドウ園ではピオーネ、安芸クイーン、ゴルビー(悟紅玉)、シャインマスカット、涼香、リサマート、ロザリオビアンコの7種類を栽培しています。一番人気はシャインマスカット。人気の傾向をみながら品種の入れ替えをしていますが、まずはこの栽培方法に適していて、良い実をつけてくれるかが重要になります。 岡﨑さんのブドウ園で収穫されたブドウはほぼ「道の駅たかの」に出荷されているそうです。
岡﨑さん、出荷最盛期の朝という大変お忙しい時間に、ありがとうございました。
口和自治振興区
地域マネージャー
松本 晋太